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グローイング・カンパニー

2009

■ 直感の誤謬

 クライアントの皆さま、Human Capital Consulting のLee です。

 組織や人事の分野では、経営問題の解決策は、直感的に思いつくものだけでは不十分なことが多い。
 顧問先の「横浜リアルエステート」山上社長から、この時期、意外にも「人財不足」に悩んでいるとの電話があった。最近は何でも相談を受けるようになり、うれしい限りである。それに今回は、賢明にも、手を着け始める前に・・・

 「横浜リアルエステート」は十数人の規模ながら20数年にわたり、経済環境の変化に応じ組織体制を柔軟に対応させながら、時間をかけて地元に根を張ってきた。身の丈にあった経営目標と山上社長の素晴らしい人柄が、顧客基盤を広げ、事業と組織を支えてきたのかもしれない。

 「業界の特性だと思うが、欲しい人材がナカナカ来てくれない。わが社のような中小企業では、人材の質が決定的だし、最近は特に顧客のレベルが上がってきているので、営業マンの力量によって売上がぜんぜん違うから、なおさら深刻ですよ・・・今の経済危機の悪影響もなくはないですが、こういう時にこそ人材獲得のチャンスだと思ってね(笑)」
 山上社長は、常々、中長期の営業貢献を期待する人材を採用、育成して、行く行くは、経営幹部を目指す人財なども求めていたようだ。

 「欲しい人材がナカナカ来ない」、中堅・中小企業では本当によく聞かされる悩みである。そして、その言葉の裏には、「今まで色々やってきたけど、ダメだった」という諦めの気持ちさえも見え隠れする。採用雑誌の企画に大金を支払ったり、採用者向けホームページ等に工夫を凝らしてみたり、「社員を感動させるスピーチ集」などの高価本を一夜漬けしてみたり、社長自らが事業の展望やキャリア・ビジョンをアピールしたり、とにかく手間とお金をかけてきたのに「欲しい人材がナカナカ来ない」のである。

 このようなことでサジを投げる前に、私どもは、次のような組織と人事のチェック・リストの活用をお勧めしている。

 (1) 常に会社の強みを伸ばす業務改善によって生産性の向上を図っているか。
 (2) 社員に説明可能な「実力主義」的昇級・昇格・登用・配置の徹底に努めているか。
 (3) 賞与や営業インセンティブ等に偏らない短中長期にバランスの取れた報酬制度か。
 (4) 社員や採用候補者に、一貫性と説得力あるコミュニケーションを心掛けているか。
 (5) 人格・能力とも信頼すべき3人以上の役員チームはあるか。

 私どもの経験則によれば、採用等に強い課題感を持つ中堅・中小企業なら、残念ながら、ほとんどの回答がNO!!となるはずである。

 実は「欲しい人材がナカナカ来ない」理由は、採用業務の不適切さということだけではなく、「欲しい人材」から見た「現実の企業の魅力度」が改善されていないということが大きい。

 上のチェック・リストの順を追ってみると、「欲しい人材」は、(1)持続的に強みを伸ばす会社の社員は鍛錬されており、入社後の自分の能力伸張を期待します。(2)その結果、正しい登用がされれば自らの働き甲斐も充実するだろうと思うでしょうし、(3)将来は給料にも反映されることを予測します。(4)会社説明会や面接、会社訪問などの雰囲気(コミュニケーション)に一貫性が確認され、(5)経営陣がシッカリしていると確信すれば・・・人財投資に熱心な企業として強い魅力を感じ、きっと入社の気持ちを強くすることだろう。

 「欲しい人材がナカナカ来ない」という人事課題の解決は、直感的には採用業務の改善が特に重要に思えるが、実は、外部から見た企業の魅力度を上げることが決め手になることも多いのである。

 組織や人事の分野では、経営問題の解決策は、直感的なものと異なることが多い。
 経営者は、このことを自らの陥りやすい罠として、肝に銘じておくべきなのかもしれない。

 ところで、山上社長とは、今週の訪問で、必要人財確保の方策について、このような観点からディカッションしてみよう。百戦錬磨の山上社長なら、きっと的確な判断を下してもらえるはずだ。

                                          李哲海
                                          Chulhae.Lee@hc-consulting.jp

2008

■ 5年後の「選択」

 クライアントの皆さま、Human Capital Consulting のLee です。

 今回から「グローイング・カンパニー」を開設させていただきます。このページでは、主にグローイング・カンパニーのエグゼクティブ向けに、事業の持続的成長に焦点を当てたケース・スタディ(実例)等を読みやすい形にしてご紹介させていただきます。コンサルティングの理論と実践、人材マネジメント最新情報の紹介等を中心とした「コラム」コーナーと合わせて拝読くださるよう願っております。

 さて先日、5年前に幹部層のリーダーシップ強化を支援した数百人規模のシステムソフトウェア会社「エグゼクティブ・システム」の大原社長からご相談があった。

 「次世代の経営人財が育っていないのだよ・・・」
 社長室に案内されると、少し頭の薄くなった大原社長からいきなり切り出された。

 エグゼクティブ社は、20数年前に中年世代の3人でスピンアウトして設立した情報システム会社で、現在もこの3人が社長と営業担当専務、システム担当常務として活躍しており、事業は着実な成長を続けている。

 「もう私たち3人もあと数年で引退なので、将来の経営を任せられる、これは!という人財を見守ってきたのだけれど、どれもリーダーたる器に育っていないのが現状で・・・今さら外部からヘッドハンティングなんて、上手くいきそうにもないし・・・」

 ♪ プレイバック、プレイバック! ♪ (古いフレーズですが元ファンですのでお許しを)

 「大原社長、それ、同じ言葉を5年前も聞きましたよ〜!」
 と言いそうになる気持ちを抑えて、次世代が育つまでは現経営層が陣頭指揮をされることを念押ししつつ、リーダーシップ開発のためのサクセッション・マネジメント(後継者育成)について説明を始めた。

 5年前、大原社長は技術志向・現場志向の強すぎる幹部マネジャー層の行動を本来のマネジメント行動へと変革するために企画・提案されていた一連のリーダーシップ開発プログラムの実施をためらっていた。
 理由は2つ。忙しい現場に負担をかけさせたくなかったことと、費用が当時の会社規模には分不相応だと感じていたことが理由だ。

 私は5年前と同じ社長室で、当時、大原社長に申し上げた話を思い出していた。
 「人に関しては、今の選択は5年後を選択したことと同じです。今マネジャー人財が枯渇しているのは、過去意識的に育成してこなかったことが原因だということを考えれば、お分かりだと思います。5年後のために人財投資を今一度考え直してはいかがでしょうか。」
 結局、大原社長は納得した様子でプロジェクトにゴー!を出したが、人事部に引き継がれた後は、継続的に実施していなかったようだ。

 大原社長は決してケチだから、お金がないから、プロジェクトに待ったをかけたわけではない。またこのような躊躇は、必ずしも誤った判断であったともいえないだろう。

 ただ大原社長は、5年前、何かを「選択」をしようとしていたことだけは確かだ。

 現場に負担をかけたくないという判断は、結果的に中長期的な業績につながる人材育成よりは、今日の売上を担う有能な人財を現場からはずせないという意味で、短期業績を重視する姿勢を「選択」しようとしていたのである。 

 そして何よりも重大なのは、プログラムを継続しなかったことを咎めなかったという当時の「選択」は、もしかしたら、5年前の時点で、次世代不在という5年後を、現在の状況を、「選択」していたのかもしれない。

 今週、大原社長にお会いする予定だが、5年という「時間」と次世代経営「人財」という貴重な経営資源を手中に収められなかったエグゼクティブ社は、今も逡巡しているようだ。

                                          李哲海
                                          Chulhae.Lee@hc-consulting.jp